<プログラム研究開発 平成16〜18年度>

蛇紋岩体の地化学環境を利用した原位置試験による
CO2地中鉱物固定のための基盤技術の開発



目的・概要

蛇紋岩体の地化学環境を利用したCO2鉱物固定の実用化を目指し、原位置でのCO2の中和・鉱物固定実験を実施した。

実用化のイメージを以下に述べる。蛇紋岩体にCO2を圧入することによって局所的に地下水が酸性化されるが、ブルーサイト等の鉱物溶解および高アルカリ地下水の中和反応によって、圧入地点から遠方への移行に伴い地下水はアルカリ性へと回復する。これによって溶解したCO2が炭酸塩鉱物として固定される。炭酸塩鉱物が生成するとシール性能が向上し、さらに超臨界状態でのCO2が貯留可能となる。

本研究では、このような固定化システムのうちシール層形成に着目し、CO2溶解水を蛇紋岩体に圧入する原位置試験を実施した。亀裂構造に影響される開放系での物質移行と濃度変化を原位置試験によって見積もり、CO2固定量と反応岩体サイズを評価・予測する技術を開発した。また、CO2濃度や流量などの工学的要素のうち、コスト構造に大きな影響を与えるものを抽出した。これらのことから、コスト的に高効率なボーリング坑の本数・深度などを決定する基盤技術の開発を行った。






1. 原位置試験によるCO2固定量評価技術の開発


 蛇紋岩体の物理・化学環境を把握し、固定量と反応岩体サイズを評価するため、原位置試験(下図)にて以下の項目を実施した。

・ サイト選定条件の抽出
・ 反応素過程と反応場構造の解明
・ 反応岩体サイズの推定
・ 固定条件と固定量の評価
・ 地下における岩石片の反応試験







原位置試験の概要


これまでのナチュラルアナログ研究等を考慮して以下のサイト選定条件を抽出し、これに基づいて北海道日高町岩内岳を試験サイトとして選定した。

1) 蛇紋岩体に見られる地すべりや岩盤の膨潤に対して掘削孔の保持が可能
2) CO2との反応性を考慮し蛇紋岩化がある程度進行
3) Mg炭酸塩が存在
4) 高い地下水水位
5) 敷地の確保と地元の了解

1号孔にCO2(炭酸水、ガス)を注入し、時間をおいて1号孔から揚水して水質分析を行った。孔内水の電気伝導度およ びMg濃度の変化を測定した結果、1日程度で蛇紋岩構成鉱物の溶解が進行することが明らかになった。揚水した孔内水試料中の沈殿物は、非晶質水酸化鉄、不 良結晶度蛇紋石、ハイドロマグネサイト(Mg5(CO3)4(OH)2・4H2O)の順に生成し、CO2を圧入した場合の反応領域の構造が明らかになった(下図)。




推定された反応領域の構造


母岩中の蛇紋石ではMg/Siが1.5であるのに対して、不良結晶度蛇紋石は約1であった。このことから、蛇紋石が溶解した後に不良結晶度蛇紋石が沈殿しても地下水中にMgが供給され、 CO2固定が促進される可能性があることが明らかになった(下図)。




CO2ガス圧入後の沈殿物の組成変化


CO2(炭酸水)を1号孔から注入し、2号孔から揚水して水質分析を行った。これによって、反応した地下水が2号孔ま で到達していることが確認された。2号孔で得られた水質は原位置地下水による希釈効果が大きいが、25mの孔間でハイドロマグネサイトの沈殿領域が存在す ることが明らかになった(下図)。


地下水水質変化

地下水水質変化



ケイ素はほとんど検出されず、25m程度の孔間距離で反応の多くが終了することが示された。 比抵抗トモグラフィ結果によれば、CO2注入後に1号孔周辺は高比抵抗化した。地下水自体は低比抵抗化して いることから固体表面の影響が考えられるが、2号孔まで比抵抗変化が現れており、数時間のオーダーで25m程 度の範囲にCO2が影響を及ぼし、一ヶ月程度で反応がほぼ終了することが明らかになった(下図)。


CO2注入前後の比抵抗変化

CO2注入前後の比抵抗変化



3号孔から炭酸水を注入し、1号孔で揚水して水質分析を行った。圧入する溶解水のCO2濃度と揚水する 速度を変化させて水質変化を計測した。その結果、CO2分圧が高いとMgや全炭酸イオン濃度の鋭敏なピークが観測され 、電気伝導度(EC)の変化と対応していることが観察された(下図)。一方、CO2分圧が低く揚水速度が速い条件でMg 炭酸塩(ネスケホナイト)の沈殿が確認された。このことから、CO2分圧が高いとpHが低い状態のまま揚水されることと 、揚水速度を上げることで周辺の亀裂からの溶存Mgイオンが供給されることが明らかになった。揚水中の全炭素濃度の変化か ら、今回の原位置試験における2孔間5mでの希釈率は約16%で、固定率は約5%と見積もられた。


揚水時間と電気伝導度の変化

揚水時間と電気伝導度の変化



ボーリングコアを砕いたものを地下のCO2注入口および揚水ポンプに設置した。試験終了後に回収すると、注入側では 表面に蛇紋石のみが生成していたが、揚水側では炭酸塩(ギオルギオサイト等)が生成しており、地下におけるCO2固 定の直接の証拠が得られた(下図)。


揚水ポンプに設置した岩石片の表面電子顕微鏡写真

揚水ポンプに設置した岩石片の表面電子顕微鏡写真





2. 岩石-水-CO2反応に関する室内実験

 岩石とCO2の反応過程を解明し、反応速度を測定するため、岩石-水-CO2反応に関する室内実験にて以下の項目を実施した。

・ 原位置試験で採取したボーリングコアを粉砕した試料を用い、孔内水とCO2による反応バッチ実験を実施した。CO2溶解地下水よる蛇紋岩の溶出試験と、その溶出液を蛇紋岩に反応させる沈澱試験によって、反応速度を測定した。
・ 亀裂を持つ岩石試料に炭酸水を流通させる実験を実施し、天然における反応の不均一性を評価した。


蛇紋岩の溶解反応として、ブルーサイトと不良結晶度蛇紋石が急激に溶解した後、初生蛇紋石及びかんらん石が除々に溶解するとともに、Mgを1/4程度固溶するシデライト(FeCO3)、ハイドロマグネサイト、パイロオーライト(Mg10Fe2(CO3)(OH)24・2H2O)などの炭酸塩や不良結晶度蛇紋石(Mg/Si=1/1)等が沈澱することが推定された。反応物を分析することにより、炭酸塩の沈澱によるCO2固 定量および固定化速度を見積もった(表1)。この値は原位置試験の温度圧力条件(25℃、0.7MPa)のものであるが、実貯留環境(50℃、 10MPa)では1〜2桁大きな値が得られた。また、蛇紋岩から溶出するMgの溶出速度はほぼ同じであった(表2)。Mg溶出速度が同じであるにも係ら ず、実験条件によってCO2固定化速度が異なるということは、CO2固定化速度を律速するのは反応生成物の沈殿速度であると評価された。


表1 流通実験、原位置試験およびバッチ実験でのCO2固定化速度、流通実験、原位置試験およびバッチ実験でのMg溶出速度





3. 反応と物質移行に関するCO2地中鉱物固定モデルの開発

・ 熱力学平衡計算を行い、安定な鉱物種を調査した。
・ 圧入されたCO2の岩体内部での広がりをモデル化するため、亀裂モデルに原位置試験や室内実験で得られたデータや知見を導入し、物質移行モデルを構築した。



鉱物反応の熱力学計算によりってMg-Si-CO2系の相安定図を作成し、溶解・沈殿し得る鉱物種を予測することが可能となった(下図)。


Mg-Si-CO2系の相安定図

Mg-Si-CO2系の相安定図



また、地下水の流動に伴う組成およびpHの変化を予測することが可能となった(下図)。


蛇紋石溶解に伴う地下水組成変化と沈殿鉱物

蛇紋石溶解に伴う地下水組成変化と沈殿鉱物



蛇紋岩体の透水性等から亀裂パラメータを推定し、物質移行モデルに用いた。得られた亀裂特性、昨年度検討した反応モデル、 室内試験で得られた沈殿速度の値などを考慮し、ボーリング孔一本あたりのCO2固定量を見積もるためのモデルの基礎を確立した。 試算の結果、一坑井における一深度あたり、7,000〜138,000トン/年のCO2の圧入が可能と見積もられた(下図)。 葉片状蛇紋岩よりは塊状蛇紋岩に多く圧入可能であり、また水圧破砕による効果も期待できるという結果が得られた。


蛇紋岩体への累計CO2圧入量

蛇紋岩体への累計CO2圧入量





4. 高効率な固定化システム設計技術の開発

・ 国内の蛇紋岩体の分布を調査し、ポテンシャルを試算した。
・ 開発したCO2地中鉱物固定モデルを用い、国内の蛇紋岩体の圧入可能CO2量と圧入コストを計算した。これによってコスト構造を把握した。


全国には超苦鉄質岩(蛇紋岩、かんらん岩)が約150岩体存在する。そのうち、地表面に分布している面積について ある程度の大きさを持つ43岩体を選出した(下図)。これらを用いると、国内で11億1千万〜14億7千万トンのCO2圧入量が得られた。


国内における蛇紋岩体分布(赤い地域)と主要岩体

国内における蛇紋岩体分布(赤い地域)と主要岩体



蛇紋岩体に水圧破砕を実施し、CO2を20年間圧入するとする。塊状蛇紋岩では一つの圧入地点から275万トン圧入可 能であるとして圧入コストを算出した。塊状蛇紋岩を用いると1,420〜1,470円/tの値が得られた(表3)。これによると、圧入地点を増やせばボー リング孔深度はコストに影響しないことが明らかになった。一方、浸透率の低い葉片状蛇紋岩体では5000円以上の値となったため、コストは浸透率に大きく 依存することが示された。また、陸域帯水層貯留の貯留コストは、一坑井あたり年間10万トンで1189円/t、50万トンで517円/tと計算され、海域 ではこの二倍程度になるとされている。帯水層貯留の実適用は主に海域になるとすると、塊状蛇紋岩による10〜30万トン/年規模の1,400円台/tの値 は、帯水層貯留と比較して高いものではなく、輸送コストも考慮するとトータルコストを抑えた塊状蛇紋岩体へのサイト選定が可能である。


塊状蛇紋岩への圧入条件とコスト







プログラム研究開発のページ
報告書ダウンロードもこちらから





Copyright(C) Research Institute of Innovative Technology for the Earth (RITE). All rights reserved.